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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1283号 判決 1975年12月22日

控訴人 千葉県船橋市滝台町一〇七 龍角散滝台寮 白鳥千秋

右訴訟代理人弁護士 小泉征一郎

被控訴人 株式会社 龍角散

右代表者代表取締役 藤井康男

右訴訟代理人弁護士 和田良一

同 青山周

同 美勢晃一

同 宇野美喜子

同 山本孝宏

主文

本件控訴は当審における拡張請求にかかるものを含めてこれを棄却する。

当審における訴訟費用はすべて控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「(1)原判決を取消す。(2)控訴人が被控訴人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮りに定める。(3)(当審における拡張請求にかかるものを含めて)被控訴人は控訴人に対し、金三〇九万三、六四〇円、および昭和四九年三月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二〇日かぎり一ヶ月金六万六、五〇〇円の金員を仮りに支払え。(4)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および疎明の関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおり(但し、原判決三丁裏八行目および同一〇丁裏一〇行目の「被申請人」をいずれも「申請人」と訂正する。)であるから、これを引用する。

(控訴代理人の付加陳述)

(一)  控訴人は原審でなした金員請求(原判決一丁表七行目から九行目までに摘示されているもの。)を上記控訴の趣旨第三項記載のように拡張して請求する。その請求の内訳等は別表記載のとおりである(なお、昭和四六年一月および二月分については解雇予告手当金三万四、〇〇〇円および退職金四、六二一円を以て充当したもので別表から右二ヶ月分を除外した。)。

(二)  龍角散労組の実体を見るに、組合幹部には会社とゆ着した管理職がなっており、かかる組合幹部によって労務管理がなされるため職制としての行為と組合役員としての行為とが混同され、本来労組としてあるべき姿でなかったのであるが、かような問題点を意識した控訴人の言動が次第に職務仲間の支持を集めてきたことが会社および右組合幹部にとっての一大脅威となった。かくて控訴人の思想、信条を嫌忌した会社が控訴人の組合活動を阻止妨害し、かつ職場から排除せんとして本件配転命令のごとき弾圧に出たものである。このことは、すでに上條総務部長、菅課長の幾多の言動に照らしても明らかであって、既述のごとき昭和四五年九月一六日の上條部長の控訴人を解雇するとの発言も決して偶発的なものではなく、会社は本件配転命令により結局控訴人を船橋工場から排除して本社工場内のいわゆる剤研と称する製造部製造一課製剤研究係に封じ込めようと意図したものである。

(三)  本件配転についてはその人選につき会社が全く恣意的になしたものと認めざるを得ない。製造部製造二課第一係の控訴人が右配転命令を受けるべき合理性を欠くことについては既述のとおりであるが、控訴人は会社から本件配転の理由につき合理的説明を聞いていないから、とうてい承服することができない。

(四)  被控訴人は解雇理由として「業務命令に従わない」というのほか「上司に反抗的態度をとるなど改悛の情が認められない」との事由を挙げて就業規則第四六条第五号に該当する旨主張するものと認められるが、同号の「反抗したとき」とは「業務命令に反抗したとき」を指すと解すべきであって、労働者が会社側と対等の関係に立って自由な談合をする場合には業務命令に服すべき義務はないのであるから、仮りにかかる場合に労働者が会社側の見解に強硬に反対し、さらに進んで節度を越えた言動に及んだとしても、単に礼儀を失したという問題に過ぎず、就業規則にいう反抗に該当する筈がない。ところで本件配転は昭和四五年一一月一九日から事前折衝が開始されて昭和四六年一月一三日まで続けられた(同月一二日人事異動の予告の掲示がなされたが、これを人事異動の内示段階と見ても、なお事前折衝の段階を出るものではない。)のであるから、業務命令たる配転命令発令前の段階において控訴人が「配転命令が出されても拒否する。」とか「本人がいやなのだから、いやがる者をやる必要はない。」とか、「俺は寝坊だから本社のような遠方にやるのは俺をやめさせるためだろう。」とか「売られた喧嘩は買うぞ。」と言い手袋をはめて身構え怒声を張り上げた等の態度をとったとしても、業務命令に対する反抗なる概念を容れる余地はなく、したがって本件解雇は就業規則の適用を誤ったものというべきである。

(五)  控訴人は、本件配転命令は思想信条による差別行為であり、かつ不当労働行為にあたると考えてこれに従わなかったのであるが、右配転命令発令に至るまでの過程において会社側は、既述のごとき上條部長の発言、右発言撤回後における配転の説得、控訴人の母親ヨシに対する言動等信義則に反する幾多の行為を積み重ねてきているばかりでなく、控訴人の右疑念を晴らすための努力を全くしないまま控訴人を解雇したのであるから解雇権の濫用といわざるを得ない。

(被控訴代理人の付加陳述)

(一) 既述のように、昭和四五年九月一六日のいわゆる上條部長発言なるものは、控訴人の勤怠につき問責をなした同部長に対し控訴人が公然と不当な態度を示したため同部長がこれを叱責したものであるところ、右上條部長発言は直ちに撤回され、別途に何らかの処分をする旨申渡した後、同年一〇月三一日会社から控訴人に対し譴責処分がなされ、これを以て控訴人の勤怠に関する処分は右段階で終了したものである。さようなわけで控訴人に対する本件配転は、右処分とは全く関係なく、既述のような製造二課第一係の担当する製剤の操業短縮に伴い、同係から生ずる四名の余剰人員の人選と配置につき後述のごとき選考事情のもとになされたものであるから、控訴人がこれを以て「処罰としての配転」であるかのように主張することは全く根拠がない。

(二) 控訴人を本社工場の製造部製造一課製剤研究係に配置転換した理由は、既述のとおりであるが、控訴人が右製剤研究係の要員としての適性をそなえ、かつ同係が従業員から見て望ましい職場であることは、控訴人自身も自認するところである。ところで右配転に伴う人選等につきさらに付言すれば、控訴人の従来所属する製造二課第一係に最低員数の技術基幹要員として残留した篠係長、森、細萱ら三名が、その経歴および経験上控訴人を上廻ることは控訴人も自認するところであり、控訴人が右係の基幹要員となり得ないことはその勤務成績から見ても多言を要しないところである。また高橋紀隆をイートラス事業部に転出させた人選は単に免許証の有無のみにより決したわけでなく、イートラス事業部の業務の特性と対比し同人がその適性を有すると判断したためである。その他、杉田を前記製剤研究係の要員に当てなかったのは同人が将来継続して会社に勤務する意思がなかった等、要するに、当時龍角散トローチ等の製剤の操業短縮に迫られた結果これを担当してきた製造部製造二課第一係に生ずる余剰人員の配転につき、他部門からの増員要求との兼ねあい、本人の適性等を考慮した選考事情(その詳細は原判決添付別紙記載のとおりである。)により、控訴人の本件配転が決ったのであるから、配転の合理的理由を欠くとの指摘は全く当らないといわなければならない。さらに、控訴人に対する配転の説得につき付言するに、従来から会社では本社工場と船橋工場との間の配置転換は頻繁に行われたが、別段右配転に当該従業員の同意を要する等の定めは存在せず、人事の円滑を期する配慮から本人の支障の有無をただした上つとめて本人の意向を尊重してきたものであり、控訴人の本件配転に当っても、会社は二ヶ月もの期間にわたり委曲をつくし辛抱強く説得に努めてきたのであって、本件配転の合理的説明を聞いていないから承服できないとの控訴人の主張は全く根拠がない。

(疎明関係)≪省略≫

理由

一  原判決がその認定の根拠として挙示する各疎明資料に当審におけるあらたな疎明資料(≪疎明判断省略≫)を加えてさらに検討するも、なお原審と同じく、当裁判所もまた控訴人の本件仮処分申請は被保全権利の疎明がないものとして失当と判断するものであって、その理由は、左記のとおり付加するほかは、すべて原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

≪疎明省略≫を総合すると、「控訴人の所属していた製造部製造二課第一係では従来から痰、咳用の薬剤である龍角散トローチと顆粒状のクララの製剤を担当していたところ、昭和四五年の販売計画の予定として会社は金一六億六、三〇〇万円を見込んでいたにかかわらず、年度なかばに至るも容易に売上高が伸びず、在庫が大量的に蓄積の一途をたどるに至った。かかる販売不振の原因は薬剤の効用に対する社会一般の関心の変化と大手問屋筋の倒産等に伴う販路縮少等の事情にあると推測されたが、かかる事態を迎えた会社としては同年一〇月頃から右製剤の販売計画の大幅修正を余儀なくされ、会社の営業部、製造部等の間で種種検討を加えた末、龍角散トローチおよびクララにつき大幅な生産削減を断行しその操業短縮をはかる必要があるとの結論に達し、そのため右製剤を担当する製造部製造二課第一係の人員一五名中四名の減員をはからざるを得ないこととなり、右四名の人選とその配置替えにつき会社の他部門からの増員要求と本人の適性等を勘案して検討を遂げた結果、製造部製造二課第一係の河戸桂子が製造一課第二係に、高橋紀隆がイートラス事業部に、渡辺博が製造部資材課に、控訴人が製造一課製剤研究係に、それぞれの適性が認められて配転されることとなったものであり、しかも控訴人を配置すべき右製剤研究係は将来会社の製剤技術要員としての成長を期する従業員にとっては前途ある魅力的職場である。」ことがうかがわれ、その他右配転に関する人選等につき原審が認定した諸般の事実を総合勘案すれば本件配転が恣意的で合理性を欠くものとはとうてい認めることはできない。

二  とすると、控訴人の本件仮処分申請は(当審における拡張請求にかかるものを含めて)被保全権利の疎明がないことに帰し、かつ本件の全疎明資料によるも控訴人に保証を立てさせて本件仮処分申請を認容すべき格別の事情も認め得ないから本件仮処分申請は理由がないものとして棄却を免れない。

三  叙上の次第で、本件仮処分申請を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は控訴人の当審における拡張請求にかかるものを含めて理由がないからこれを棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古山宏 判事 青山達 判事小谷卓男は転任のため署名捺印できない。裁判長判事 古山宏)

<以下省略>

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